武蔵森に入学して、初めて克朗くんと出会った。小学校の頃からサッカーで活躍していたらしい克朗くんは、すぐに注目の的となり、学校内でも一目置かれる存在となった。中学一年生の時、克朗くんと同じクラスになった上に、彼と隣の席になってしまった私は当時、酷く緊張した。一年生にして学内で有名人である克朗くんに、どう接すればいいか、どんな事を話しかけたらいいか分からなかったのだ。


 私と克朗くんが話すきっかけとなったのは、入学して五日後、私が数学の教科書を忘れてしまった事から始まる。次の数学の授業の用意をしていたら、ノートはあったものの、机の中を覗いてみても、鞄の中を探っても、教科書だけ見当たらなかった。
 

「教科書がない。どうしよう・・・」


 そうしているうちに、無常にも授業開始のチャイムが鳴った。数学の先生は、忘れ物に厳しい先生だった為、かなり焦っていた。そんな時だった。克朗くんがチャイムと同時に座り、私の様子を見兼ねると、不意に「机、ひっつけるか?」と尋ねてきた。


「え?」
「忘れたんだろう。教科書」
「そう、だけど」
「俺ので良ければ一緒に見るか?」
「いいの?」
「ああ勿論さ」
「あ、ありがとう渋沢くん!」


 もしかすると、今思い返せば、それが私と克朗くんとのファーストコンタクトだったのかもしれない。


 それからというもの、隣の席という事もあり、私と克朗くんは時々ではあるが、暇があれば話すようになった。克朗くんのご実家は老舗の和菓子屋だという事も、豆大福が好物で、爬虫類が苦手だという事も、話している内に分かっていった。時には克朗くんから試合を観戦しに来ないかと誘われる時もあった。そうして、だんだんと二人の交流は深まり、いつしか私たちは、互いにかけがえのない存在となっていた。


 とある、うだるように暑い真夏の日の事だった。燦々と輝く太陽の下で、私は克朗くんに告白された。克朗くんは顔を真っ赤にさせて照れた表情を私に向け、しかし、しっかりとした面持ちで、私にこう言った。


。俺と付き合ってくれないか」
「・・・はい。よろしくお願いします」


 即答だった。


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 そして二人が出会って十七年目になる今日、私たちは結婚する。


 喧嘩もした。何度だってした。別れる危機だって幾度もあった。しかし、私たちは互いを尊重し合い、愛し合った。克朗くんが隣に居なければ、私はどうなっていたのだろうと思う時もしばしばあった。きっと克朗くんだって同じ事を思っているでしょう?私が居なければ、今頃・・・なんて自分を持ち上げるような思いも、今日くらいはしたっていいだろう。


 その結果が、今日の晴れ日だ。


 朝起きて、洗面台の前で二人並んでシャカシャカと歯磨きをして、朝食を取り、食後のコーヒーを啜った。何てことの無い、ごく普段通りの一日の始まりだった。食器洗いも終わり、パジャマから洋服に着替えようと二人で寝室に戻った時だった。ふと、何となく目が合ったかと思えば、克朗くんは目を細めると、いつもは決して言わないであろう言葉が告げられる。


。愛してる」
「私も、大好き。克朗くんのこと、愛してる」


 克朗くんが私の方へと近付き、肩に手を乗せると、軽い口付けを交わした。克朗くんらしい、触れるか触れないか分からないくらいの、でも、気持ちは密に伝わってくる、とても優しいキスだった。思わず胸が締め付けられる。嬉しくて、泣きたくなる程に本当に嬉しくて、気が付けば、私は彼よりもうんと短い腕で克朗くんを強く抱き締めていた。克朗くんの温もりを直に感じる。


はいま、幸せか?」
「・・・うん。死んでもいいくらいに幸せだよ」
「はは。それは言い過ぎだ。きみに死なれると俺が困る」


 「そうかもね」私が答えると、二人して声を出して笑った。でも、私の方がケラケラと笑い過ぎたので、「さすがに笑い過ぎだ」と苦笑しながら指摘された。そんな克朗くんの注意すら、幸せに感じる。世界中に存在する幸福というものを、全て受け取った気分だった。


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「じゃあ、そろそろ行こうか」
「うん」


 私たちは、まるで中学時代を思い出したかのように初々しく、手を繋ぎながら式場へと向かっていった。




    神様へ。彼に出会えた事を、此処に感謝致します。








死んで欲しいくらいに愛してください


2013年も愛をこめて。おめでとう。
(2013/07/29)