過去と未来を繋ぐ橋(天国から届いたプレゼント)
別れは、唐突だった。
青い空に、細く伸びる煙がよく映える。
その煙を見上げながら、渋沢は微かに瞳を細めた。
「暑い……な」
『あたし、夏が好き。だって夏休みあるし。渋沢が生まれたのも、夏だし』
随分前に交わされた会話が、脳裏を過ぎる。
暑いのは嫌いだが、夏は好き。
明るく笑ってそう言った彼女に、苦笑したのも覚えている。
渋沢自身、夏は嫌いではなかった。
だが……
「俺は、夏が嫌いになりそうだよ」
夏は、彼女を奪った。
否、解っている。
奪ったのは、夏ではない。
事故だった。
悪いのは、夏ではない。
けれど、どうしても……
「渋沢」
唐突に呼びかけられ、渋沢はゆっくりと振り返った。
そこにいたのは、渋沢の親友。
彼女の幼馴染みで、渋沢と彼女を引き合わせた張本人だ。
「辰巳」
「こんなところにいたのか。探したぞ」
そう言った彼の額には、薄っすらと汗が浮いている。
きっと、あちこち探し回ってくれていたのだろう。
そんな親友を見て、渋沢は軽く苦笑を浮かべた。
「俺が、あいつの後追いでもすると思ったのか?」
「…………」
渋沢の言葉を聞いた彼が、不機嫌そうに眉を寄せた。
流石に不謹慎だったかと、どこか冷静な頭で渋沢が考える。
そんな渋沢に、溜息混じりに親友が言った。
「お前は、そんなことはしない。約束をしたんだろう?」
「…………ああ」
した。
確かに約束をした。
他でもない、彼女と。
『渋沢が日本代表になって活躍するところ、絶対に見せてね!約束だよ!』
「……約束、したからな」
ほんの少しだけ寂しそうに笑い、渋沢がそう言う。
あの頃、無邪気に交わした約束。
今となっては、優しくとも残酷な思い出だ。
けれど思う。
いつか約束が果たされて、日本代表に選ばれた時。
そして、誰もが……きっと彼女も納得するような活躍をした時。
自分は一体、何を選ぶのだろうか……?
渋沢の表情から、彼が考えていることを察したのだろう。
親友が、溜息混じりに口を開いた。
「一体何年先のことを考えているんだ」
「……………」
もっともな親友の言葉に、渋沢は無言を返した。
渋沢自身、あまりにも遠い未来のことを考えている自覚はある。
けれど、怖いのだ。
いつか、彼女のことを忘れてしまうのではないかと。
逆に、いつまでも引きずられて、前に進めなくなるのではないかと。
そのどちらも、怖い。
「わからないなら、考えるのをやめろ。今はな」
またも渋沢の思考を読んだように、親友がそう言う。
彼の言葉に応えることなく、渋沢はそっと、瞳を伏せた。
雲ひとつない、晴れ渡ったその日。
彼女は遠いところへと旅立っていった。
そうして、十年以上の時が経った。
渋沢はサッカー選手としての道を、歩き続けた。
時に躓くこともあったが、気づけば日本を代表するゴールキーパーになっていたのも事実だ。
日本のゴールを守り続けて、何年目のことだったか。
渋沢はついに、現役引退を決意した。
惜しまれながらの、引退だったと思う。
まだ早いと、様々な人から説得を受けた。
けれどそれでも、渋沢の意思は変わらなかった。
そして渋沢はこの日、随分と久しぶりに親友と顔を合わせた。
「お疲れ」
「……相変わらずだな、お前は」
自分も結構マイペースの自覚があるが、この親友はそれに輪をかけてマイペースである。
今日もまた、いつもの試合後と同じ口調で労いの言葉をかけられた。
「流石に俺も、ツッコミを入れたくなったぞ」
「だってお前、これで終わったわけじゃないだろ?」
そう指摘されて、思わず黙る。
確かにそうだ。
選手としては終わったが、それだけで全てが終わるわけではない。
渋沢自身、これからも選手とは違う形でサッカーに関わっていくつもりだった。
「手始めに監督か?」
「いきなりは無茶だろう。コーチをしてみないかとは、いくつかのチームから声がかかっているんだが」
気の早い親友の言葉に、苦笑して返す。
どちらにしろ、サッカーから離れられそうにないことは解りきっているのだが。
そんな渋沢を見た親友が、不意にあるものを取り出した。
「安心した。今なら渡せそうだ」
「辰巳?」
不思議そうな渋沢に差し出されたのは、小さな袋。
しかも、妙に古い印象を受ける。
「これは?」
「彼女が、事故の直前に用意していたらしい。お前への誕生日プレゼントだと」
「っ」
あえて、名前は言わなかった。
けれど、それが誰を指しているのかは、すぐに解った。
「あの頃のお前には、とてもじゃないが渡せなかった。彼女の死にとらわれて、前に進めなくなっていたお前には」
親友の言葉を聞きながら、渋沢が包みを開ける。
中には、シンプルなデザインのペンダントが入っていた。
中学生が買った物だ。
決して、高価なものではないだろう。
だがここには確かに、彼女の心がこもっていた。
ペンダントを握り締め、渋沢が顔を上げる。
そして、静かに様子を見守っていた親友へと、笑いかけた。
「預かっていてくれてありがとう、辰巳」
「……いや」
渋沢の表情を見た彼は、ようやくホッとしたように笑った。
彼が、本当に乗り越えていたのだと実感したから。
どこか遠くで、彼女も安心したように笑った気がした。
◆◇◆◇◆◇◆◇しぶたん提出作品
20130726